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東京高等裁判所 平成11年(ネ)169号 判決 1999年9月30日

控訴人

ファーマシア・アンド・アップジョン・アー・ベー

右代表者

【A】

右訴訟代理人弁護士

中島和雄

右補佐人弁理士

【B】

被控訴人

藤沢薬品工業株式会社

右代表者代表取締役

【C】

被控訴人

上野製薬株式会社

右代表者代表取締役

【D】

被控訴人ら訴訟代理人弁護士

田倉整

片山英二

佐長功

右補佐人弁理士

【E】

【F】

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を三〇日と定める。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人らは、原判決別紙一物件目録記載の医薬品を製造し、販売してはならない。

三  被控訴人らは、その本店、支店、営業所、工場及び倉庫に存する原判決別紙一物件目録記載の化学物質及びこれを含有する点眼薬の半製品、完成品を廃棄せよ。

四  被控訴人らは、控訴人に対し、各自一九億九五〇〇万円及びこれに対する平成九年一〇月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

五  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

六  仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、控訴人が原判決別紙二特許権目録記載の特許権(以下「本件特許権」という。)について専用実施権(以下「控訴人専用実施権」という。)を有しているところ、被控訴人上野製薬株式会社(以下「被控訴人上野製薬」という。)が原判決別紙一物件目録記載の医薬品(以下「被控訴人製品」という。)を製造し、被控訴人藤沢薬品工業株式会社(以下「被控訴人藤沢薬品」という。)に販売し、被控訴人藤沢薬品がこれを「レスキュラ点眼薬」という商品名で販売している行為が、控訴人専用実施権を侵害するものであるとして、被控訴人らに対し、控訴人専用実施権に基づき、被控訴人製品の製造販売の差止め並びに原判決別紙一物件目録記載の化学物質及びこれを含有する点眼薬の半製品、完成品の廃棄を求め、不法行為による損害賠償請求として、実施料相当損害金一九億九五〇〇万円の支払を求めている事案である。

二  争いのない事実

1  訴外ザ・トラステイーズ・オブ・コロンビア・ユニヴアーシテイ・イン・ザ・シテイ・オブ・ニユー・ヨークは、本件特許権を有し、控訴人は、右訴外人から、本件特許権について、平成七年一月二三日、専用実施権の設定を受け、同年四月二四日、専用実施権の設定登録を受けた。

2  本件特許権の特許請求の範囲第1項は、原判決添付の特許公報(以下「本件公報」という。)写しの該当欄記載のとおりである(以下、この発明を「本件発明」という。)。

3  本件発明の構成要件は、次のとおり分説することができる(以下、本件発明の構成要件は、「構成要件(一)」のように単に番号のみをもって示す。)。

(一) 有効量のPGF2αのC1乃至C5アルキルエステルを含んでいること

(二)眼科的に許容し得るキヤリアを含んでいること

(三) 霊長類用であること

(四) 緑内障局所治療用組成物であること

4  被控訴人製品の構成は、次のとおり分説することができる(以下、被控訴人製品の構成は、「構成A」のように単に記号のみをもって示す。)。

A 原判決別紙一物件目録記載の化学構造式を有するイソプロピルウノプロストンを含有する。

B 眼科的に許容し得る適宜のキャリア(たとえばポリソルベート80、塩化ベンザルコニウムその他)を含有する。

C ヒトに対して用いる医薬品である。

D 緑内障、高眼圧症治療剤である点眼液である。

5  構成B、C、Dは、それぞれ構成要件(二)、(三)、(四)を充足している。

三  争点

構成Aのイソプロピルウノプロストンが、構成要件(一)の「PGF2αのC1乃至C5アルキルエステル」を充足するかどうかについて、次のような争点がある。

1  構成Aのイソプロピルウノプロストンは、構成要件(一)の「PGF2αのC1乃至C5アルキルエステル」を文言上充足するか。

2  構成Aのイソプロピルウノプロストンは、構成要件(一)の「PGF2αのC1乃至C5アルキルエステル」に属するPGF2αイソプロピルエステルと実質的に同一か。

3  13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αイソプロピルエステルは、構成要件(一)の「PGF2αのC1乃至C5アルキルエステル」に属するPGF2αイソプロピルエステルと均等であり、構成Aのイソプロピルウノプロストンは、13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αイソプロピルエステルを利用するものか。

4  構成Aのイソプロピルウノプロストンは、構成要件(一)の「PGF2αのC1乃至C5アルキルエステル」に属するPGF2αイソプロピルエステルと均等か。

四  争点に関する当事者の主張

1  争点1(文言侵害)について

(一) 控訴人の主張

(1) 構成Aのイソプロピルウノプロストン(別紙構造式Ⅰ)は、ウノプロストンのα鎖1位のカルボキシル基の水素原子がイソプロピル基に置換されたウノプロストンのイソプロピルエステルであるから、構成要件(一)の「PGF2αのC1乃至C5アルキルエステル」のうち、「C1乃至C5アルキルエステル」の要件を充足する。

(2) 構成要件(一)の「PGF2α」の「PG」は、プロスタグランジンを、「F」と「α」は、その五員環の9位及び11位の水素原子が水酸基に置換され、その水酸基がα結合していることを、「2」は、α鎖上の5ー6位の間が二重結合を有し、17位ー18位の間には二重結合を有しないことを、それぞれ意味しているから、この「PGF2α」は、五員環の9位及び11位の水素原子が水酸基に置換され、その水酸基がα結合しており、α鎖上の5ー6位の間が二重結合を有し、17位ー18位の間には二重結合を有しない一群のプロスタグランジン化合物(広義のPGF2α)を意味している。なお、PG類の1ないし3の分類は、それらが各由来する前駆物質であるエイコサトリエン酸(1群)、アラキド酸(2群)及びエイコサペンタエン酸(3群)の種別に対応している。

構成Aのウノプロストンは、五員環の9位及び11位にそれぞれ水酸基がα結合し、α鎖の5ー6位の間が二重結合しており、17ー18位の間に二重結合を有しない。構成Aのウノプロストンは、ω鎖末端にエチル基が結合しているが、ω鎖末端のエチル基は、化学構造の基本骨格となる炭素鎖の炭素数を増加させるものであり、これによって元の化合物の本質を変化させずに脂溶性を高めることが広く知られているのであって、本件公報中にも、プロスタグランジン類の眼圧低下治療剤として脂質溶解性のものが望ましいことが指摘されているから、ω鎖末端にエチル基を結合することは、単なる付加にすぎない。

したがって、構成Aのウノプロストンは、構成要件(一)の「PGF2α」(広義のPGF2α)に該当する。

(3) よって、構成Aのイソプロピルウノプロストンは、構成要件(一)の「PGF2αのC1乃至C5アルキルエステル」を文言上充足している。

(二) 被控訴人らの主張

(1) 構成Aのイソプロピルウノプロストンが、ウノプロストンのα鎖1位のカルボキシル基の水素原子がイソプロピル基に置換されたウノプロストンのイソプロピルエステルであり、構成要件(一)の「PGF2αのC1乃至C5アルキルエステル」のうち、「C1乃至C5アルキルエステル」の要件を充足することは認める。

(2) しかし、控訴人主張の広義のPGF2αという概念は存在せず、構成要件(一)の「PGF2α」は、原判決別紙三記載の化学構造式をもつ単一化合物を意味し、本件公報中でも一貫して単一の化合物として扱われているところ、構成Aのウノプロストンは、明らかに原判決別紙三記載の化合物とは異なる。

後記2(二)(3)のとおり、ω鎖の末端にエチル基を結合することは、単なる付加ではない。

(3) したがって、構成Aのイソプロピルウノプロストンは、構成要件(一)の「PGF2αのC1乃至C5アルキルエステル」を文言上充足しない。

2  争点2(PGF2αイソプロピルエステルとの実質同一)について

(一) 控訴人の主張

構成要件(一)の「PGF2αのC1乃至C5アルキルエステル」の「PGF2α」が、狭義のPGF2αすなわち原判決別紙三記載の化学構造式をもつ単一化合物であるとしても、構成Aのイソプロピルウノプロストン(別紙構造式Ⅰ)は、狭義のPGF2αのC1乃至C5アルキルエステルに属するPGF2αイソプロピルエステル(別紙構造式Ⅱ)と実質的に同一である。その根拠は、次のとおりである。

(1) ウノプロストンからω鎖の末端のエチル基付加部分を除外した13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αは、PGF2αの生体内代謝物として知られたPGF2αの同類化合物である。すなわち、PGF2αは、生体内において、二段階の代謝を経て13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αとなる上、PGF2αと五員環構造及びα鎖を同じくし、ただω鎖の13ー14位が単結合(ジヒドロ化)であり、15位にオキソ基が置換(ケト化)しているにすぎないから、構造上PGF2αに極めて近似している。

(2) 一般に代謝物質は、当然ながら基質(もとの物質)より活性が弱まるが、甲第二号証(本件公報)一〇頁の第3表によれば、PGF2αの一次代謝物である15ーケトーPGF2αの五〇〇及び一〇〇μg投与において、それぞれPGF2αより弱いながらも眼圧降下作用が認められている。その後、昭和六二年には、PGF2αの二次代謝物である13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αについても、PGF2αの一〇〇分の一の活性ながら眼圧効果作用があると報告された(甲第一〇号証)。

被控訴人らは、PGF2αイソプロピルエステルは、一過性の眼圧上昇等の副作用があるため、臨床使用が不可能である旨主張するが、PGF2αイソプロピルエステルの臨床試験結果の基本報文は、乙第一七号証(第一相臨床試験)及び甲第二五号証(第二相臨床試験)であるところ、いずれの試験においても若干の副作用が観察されているものの、第一相臨床試験を経て第二相臨床試験に移行したということ自体、第二相臨床試験に適するとの評価が得られたことを意味しており、しかも右第二相臨床試験における副作用の総括は、「深刻な副作用は、自覚症状的にも他覚症状的にもなんら認められなかった」(甲第二五号証九七五頁要約の末行)とされているから、臨床使用が不可能である旨の被控訴人らの右主張は、不当な独断というほかはない。なお、控訴人は、PGF2α類のイソプロピルエステル中でも作用効果の更に優れたω鎖末端にフェニル基を結合したラタノプロストを開発し、右開発関連の文献(乙第七〇号証)中に、PGF2αイソプロピルエステルの改良すべき点に触れた記載があるが、被控訴人らの臨床使用が不可能である旨の主張は、それら記載の趣旨を誇大解釈したものにすぎない。

(3) ウノプロストンのω鎖の末端のエチル基は、右1(一)(2)のとおり脂溶性を高めるために付加されたものにすぎない。

原判決は、争点3についての判断において、本件発明のPGF2αイソプロピルエステルとイソプロピルウノプロストンとの間のω鎖の炭素数の違いは、眼圧降下作用、眼刺激作用等の生理活性に影響を及ぼす可能性があるから、イソプロピルウノプロストンは、13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αイソプロピルエステルをそのまま利用して、それに脂溶性を若干高める作用を付加したのみと認めることはできないとして、両者の間に利用関係が成立するということはできないと判断し、その理由として、乙第四一号証及び乙第五八号証によると、PGF2αのフェニル置換体について、ω鎖の炭素数の違いが眼圧降下作用、眼刺激作用に対して予測できない影響を与えることが認められると述べている。しかしながら、右各乙号証に記載されているものは、いずれもω鎖末端がフェニル基に置換されている化合物であって、フェニル基に至るω鎖の炭素数の相違に関するもので、控訴人がここで問題にしているところの(フェニル基のない)炭素鎖末端の炭素数増減の問題とは無関係の証拠であるから、その引用は的外れである。

また、原判決は、乙第五八号証によると、プロスタグランジンの一種であるPGE1についてはω鎖の長さが変化することによりその生理活性に変化が生じることが認められるとするが、右乙第五八号証の記載は、PGE1の場合に特定の生理活性について、予想に反してそのような変化が認められたというにとどまり、別段そのことによって、一般に、長い炭素鎖を有する場合にその炭素数の差異により化学的物理的性質に本質的差異は生じないとの甲第一六号証、第二六号証、第二九号証等による原則的な化学常識が別段揺らぐわけではない。

(二) 被控訴人らの主張

イソプロピルウノプロストンは、本件発明のPGF2αイソプロピルエステルと実質的に同一であるということはできない。その根拠は、次のとおりである。

(1) イソプロピルウノプロストンとPGF2αイソプロピルエステルの化学構造を対比すると、次の三点において明確に異なっている(別紙構造式Ⅰ及びⅡ)。

① 基本骨格となる炭素鎖の炭素数が、PGF2αイソプロピルエステルは二〇であるのに対し、イソプロピルウノプロストンは二二である。

② 13ー14位の間が、PGF2αイソプロピルエステルでは二重結合であるに対し、イソプロピルウノプロストンでは単結合である。

③ PGF2αイソプロピルエステルの15位にはヒドロキシル基が置換しているのに対し、イソプロピルウノプロストンの15位にはオキソ基が置換している。

(2) PGF2αイソプロピルエステルは、一過性の眼圧上昇等の副作用があるため、臨床使用が不可能であり、薬事法に基づく医薬品としての承認を得ていないのに対し、イソプロピルウノプロストンは、副作用がなく、医薬品としての承認を得ているから、PGF2αイソプロピルエステルとイソプロピルウノプロストンは薬理作用が異なる。事実、本件特許の発明者であるビトー氏の一九九七年の論文(乙第五二号証)にも、PGF2αをエステル化することだけでは臨床的に受け入れられるレベルまで副作用を軽減できなかったことが明瞭に述べられている。また、控訴人グループの日本法人であるファルマシア・アップジョン株式会社がラタノプロストを有効成分とする「キサラタン点眼液」を平成一一年五月から日本で販売を開始したが、右点眼液についてのパンフレット(乙第七〇号証)にも、「しかし、PGF2αまたはそのイソプロピルエステル(PGF2αーIE)は、臨床試 験において多くの症例で結膜充血、眼局所刺激作用の他、頭痛などの全身的副作用が認められ、臨床に用いることは困難とされた。」と記載されている。

(3) 化学構造式の基本骨格の炭素数の違いは、化合物の性質に大きな変化をもたらすものであり、PGF2αイソプロピルエステルが、炭素数二〇の炭素鎖を基本骨格とするエイコサノイドに属する化合物であるのに対し、イソプロピルウノプロストンは、炭素数二二の炭素鎖を基本骨格とするドコサノイドに属する化合物であって、そのことによって副作用も異なるから、ω鎖の末尾にエチル基が存在することは、単なる付加にとどまるものではない。

控訴人は、原判決の乙第四一号証及び第五八号証についての判断を問題とするが、乙第四一号証及び第五八号証には、ω鎖末端がフェニル基に置換された化合物においてω鎖の炭素数がただ一個異なるだけの化合物が眼圧降下作用及び眼刺激の副作用において全く異なる挙動を示すことが明示されているから、ω鎖の炭素数の増減自体が生物学的活性に大きな影響を及ぼしていることが示されているものである。

また、控訴人は、乙第五八号証について、PGE1の場合に特定の生理活性について、予想に反してそのような変化が認められたというにとどまり、別段そのことによって、一般に、長い炭素鎖を有する場合にその炭素数の差異により化学的物理的性質に本質的差異は生じないとの原則的な化学常識が別段揺らぐわけではない旨主張するが、本件発明は医薬の分野に関するもので、問題とすべきは生理活性であるところ、生理活性が異なる以上、化学常識が別段揺らぐわけではないと解することは、到底できないものである。

3  争点3(13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αイソプロピルエステルの利用)について

(一) 控訴人の主張

(1) 本件発明の本質的部分は、狭義のPGF2αをアルキルエステル化して、活性を飛躍的に高めた点にあるところ、狭義のPGF2αと13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αとの差異は、アルキルエステル化とは関係のない部分に関するものであるから、本件発明の本質的部分に関するものではない。

(2) 構成要件(一)の狭義のPGF2αを13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αと置き換えても、本件発明と同一の作用効果を奏し、13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αイソプロピルエステルは、狭義のPGF2αイソプロピルエステルと置換可能である。その根拠は、次のとおりである。

① 13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αは、狭義のPGF2αの一〇〇分の一の活性において眼圧降下作用を有するところ、本件公報には、PGF2αはイソプロピル化することにより五〇倍もの眼圧降下作用を奏する旨が記載されているから、13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αをイソプロピル化することにより、狭義のPGF2αの半分程度(〇・〇一×五〇=〇・五)の眼圧降下作用が得られる。

② 均等の置換可能性の要件としての「同一の作用効果」は、中核的な作用効果が同一であることを意味する。より具体的には、「対象製品は、具体的な物であるが、特許発明は、ある一定の広がりを持つものであり、対象製品における特許請求の範囲の構成と文言上異なる部分の作用効果ないしは機能が、特許発明の対応する構成の作用効果ないしは機能と実質的に同じかどうかを判断するといっても、具体的には特許発明の実施例の作用効果ないし機能と比較せざるを得ないことが多く、かつ、当該実施例と対象製品等が全く同じ作用効果を奏することは稀であり、作用効果を具体的な数値で測定することができる場合であれば、異なる数値が出ることはよくあることである。そして、置換可能性(客観的同一性)についての最終的な判断は、そのような実験による数値等の単純な比較だけでなく、対象製品等が公知技術と比べてみた特許発明の課題の解決手段と実質的に同じ原理を採用しているかどうか、すなわち、特許発明の技術思想の範囲内にあるかどうかにより判断されることが多い」(設楽隆一「ボールスプライン事件最高裁判決の均等論と今後の諸問題」(「牧野退官記念ー知的財産法と現代社会」所収)三〇四頁)ものである。

したがって、主作用や副作用の発現の程度に多少の差異がある場合でも、臨床使用可能な緑内障治療薬である限り、中核的な作用効果が同一といえるところ、右①の事実からすると、狭義のPGF2αと13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αは、中核的な作用効果が同一であるといえる。

原判決は、本件発明のPGF2αC1乃至C5アルキルエステルの奏する作用効果が「本件発明の出願前に知られていたPGF2αやPGF2αのトロメタミン塩よりもはるかに少ない投与量で眼圧降下作用を発揮し、そのため副作用も少ないこと」であるのに対し、13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αイソプロピルエステルは、「PGF2αやPGF2αのトロメタミン塩よりもはるかに少ない投与量で眼圧降下作用を発揮し、そのため副作用も少ないこと」という作用効果を奏するとは認めることはできないとして、本件発明のPGF2αイソプロピルエステルと右13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αイソプロピルエステルとの間に置換可能性がないとしたが、13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αイソプロピルエステルの作用効果認定に際して、投与量を比較すべき相手は、当該イソプロピルエステル化以前の化合物である13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αでなければならないものである。

(3) 前記2(一)(1)、(2)に記載のとおり、13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αは、PGF2αの生体内代謝物として知られたPGF2αの同類化合物であり、PGF2αの一次代謝物である15ーケトーPGF2αは、PGF2αより弱いながらも眼圧降下作用が認められ、昭和六二年には、PGF2αの二次代謝物である13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αについても、PGF2αの一〇〇分の一の活性ながら眼圧降下作用があると認められていたものである。

そして、本件公報には、PGF2αは、イソプロピル化することにより五〇倍もの眼圧降下作用を奏する旨が記載されていた。

したがって、被控訴人上野製薬が被控訴人製品の製造を開始した平成六年初頭においてはもちろん、被控訴人上野製薬が被控訴人製品についてした特許出願(特願昭六三ー二三〇四六九号)の最先の優先権主張日である昭和六二年九月一八日時点においても、当業者であれば、構成要件(一)の狭義のPGF2αイソプロピルエステルを13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αイソプロピルエステルのように置き換えることを容易に想到することができた。

(4) よって、13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αイソプロピルエステルは、PGF2αイソプロピルエステルと均等である。

(5) そして、イソプロピルウノプロストン(別紙構造式Ⅰ)は、13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αイソプロピルエステル(別紙構造式Ⅲ)のω鎖の末尾にエチル基を付加したにすぎないから、イソプロピルウノプロストンは、本件発明のPGF2αイソプロピルエステルの均等物である13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αイソプロピルエステルを利用するものである。

(二) 被控訴人らの主張

(1) 控訴人は、利用を主張するが、化合物は、化学構成式の一部が共通していても、原子が一つでも異なれば別の化合物となるから、異なる化合物を対象とする二つの発明の間には利用関係が存在しない。

化学構造式の基本骨格の炭素数は、13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αイソプロピルエステル(別紙構造式Ⅲ)が二〇であるのに対し、イソプロピルウノプロストン(別紙構造式Ⅰ)は二二であり、このように基本骨格の炭素数が異なると、化合物として本質的に異なるから、元の発明が利用発明中に存在することを前提とする利用関係は成立しない。

控訴人は、「イソプロピルウノプロストン」が、あたかも「13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αイソプロピルエステル」のω鎖末端にエチル基を付加させることによって得られるかのように主張しているが、基本骨格の炭素数が二〇(エイコサノイド)の化合物と二二(ドコサノイド)の化合物とは根本的に全く別の化合物であり、控訴人の主張は失当であり、PGF2αのようにω鎖末端(20位)に官能基を有しない化合物の場合、事後的にそこにエチル基を付加することはできない(乙第三八号証)。したがって、「付加反応」であるかのように述べる控訴人の主張は、化合物の合成という観点からみても誤っている。

(2) 13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αイソプロピルエステルは、本件発明のPGF2αイソプロピルエステルの均等物ではない。

4  争点4(PGF2αイソプロピルエステルとの均等)について

(一) 控訴人の主張

(1) PGF2αイソプロピエステルとイソプロピルウノプロストンの差異のうち、ω鎖の末尾にエチル基が付加している点を除く各点の差異は、右3(一)(1)と同様に、本件発明の本質的部分に関するものではなく、右3(一)(2) と同様に、置換可能性の範囲内にあり、右3(一)(3)と同様に、置換容易性の範囲内にある。

(2) ω鎖の末尾のエチル基の部分は、脂溶性を若干高めることにより角膜上皮を透過しやすくする作用がある。しかし、本件発明は、アルキルエステル化により角膜上皮透過性を飛躍的に高め、これにより、五〇倍もの高度の薬理効果を付与したところに本質があり、ω鎖のエチル基の作用は、アルキルエステル化による作用に比べれば微々たるものにすぎない。したがって、ω鎖のエチル基の付加は、置換可能性の範囲内にとどまっている。

また、炭素鎖を延長してアルキル基を付加することにより脂溶性が高まることは化学常識であるから、ω鎖の末尾のエチル基の付加は、置換容易性の範囲内にある。

(3) したがって、イソプロピルウノプロストンは、本件発明のPGF2αイソプロピルエステルと均等である。

(4) 被控訴人らは、出願経過による意識的除外の主張をするが、それが問題となり得るとすれば、専ら「C1乃至C5アルキルエステル」以外のPGF2αの誘導体に関してであって、13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αイソプロピルエステルないしイソプロピルウノプロストンのような「C1乃至C5アルキルエステル」の部分をそのままに、PGF2α部分に変更を加えたにすぎない化合物が意識的に除外されたことにはならないものである。

(二) 被控訴人らの主張

(1) イソプロピルウノプロストンは、PGF2αイソプロピルエステルと、前記2(二)(1)のとおり化学構造が基本骨格を含めて三個所も異なる全く別の化合物であり、2(二)(2)のとおり薬理作用が異なるから、PGF2αイソプロピルエステルとは本質的部分が異なる。

本件発明の本質的部分(課題解決の原理)は、炭素数二〇の基本骨格を有するエイコサノイドの内でも特に単一の化合物であるPGF2αのアルキルエステルを局所適用する点にある。これに対して、被控訴人製品は炭素数二二の基本骨格を有するドコサノイドに属するイソプロピルウノプロストンを有効成分として用いることによって課題解決の手段としているのであるから、両発明は、実質的な課題解決の原理が異なっている。

(2) 右2(二)(2)のとおり、イソプロピルウノプロストンは、PGF2αイソプロピルエステルと薬理作用が異なるから、GF2αイソプロピルエステルをイソプロピルウノプロストンのように置き換えることはできない。

(3) イソプロピルウノプロストンについては、本件特許権の出願公開後に特許出願がされたが、新規化合物及び新規眼圧降下剤として国内外で特許権の設定登録がされた。したがって、PGF2αイソプロピルエステルをイソプロピルウノプロストンのように置き換えることは、当業者にとって容易に想到することができなかったものである。

このことは、本件特許権の異議手続において、異議申立人が、「エステル化により作用が向上するであろうことは容易に予測される」(乙第六九号証三頁)と主張したのに対して、本件特許権の出願人は、「このように、先行文献からは、エステル型に必ずしも薬効の向上は認められないのであり、甲第6号証及び甲第7号証に基づきエステル化すれば薬理活性が向上するとの前提に立つ申立人の主張は妥当性に欠けるものといわざるを得ない」(乙第六八号証九頁)と述べていることからも明らかである。また、控訴人主張のように、本件発明がプロスタグランジン系化合物一般のアルキルエステル化を本質とするものであったのであれば、特許請求の範囲もそれに応じて広く書かれるべきだったものである。

なお、被控訴人製品の場合のように、侵害被疑物件が特許出願されている場合には、その出願日(優先日)を置換容易性判断の基準時と解すべきである。

(4) 本件公報(甲第二号証)において、発明の詳細な説明の欄には、眼圧降下作用を生じる化合物が広範囲に挙げられているが、特許請求の範囲には、PGF2αのC1乃至C5アルキルエステルのみが記載されている。

また、本件特許権は、PGF2αのC1乃至C5アルキルエステルを新たに霊長類の眼の緑内障局所治療薬として用いることを見いだした点に新規性があるとして出願されたが、PGF2αやそのトロメタミン塩が眼圧降下の用途に供し得ることが公知となっていたため拒絶査定を受け、出願人が、PGF2αやそのトロメタミン塩とPGF2αのC1乃至C5アルキルエステルとの化合物としての相違を殊更強調することによって進歩性を主張し、その結果出願公告された。

これらの本件公報の記載や本件特許の出願経過に鑑みると、本件発明は、PGF2αのC1乃至C5アルキルエステルに意識的に限定されたものであり、他の化合物について均等を論じることは許されない。

(5) したがって、イソプロピルウノプロストンは、本件発明のPGF2αイソプロピルエステルと均等ではない。

第三当裁判所の判断

一  争点1(文言侵害)について

1  構成Aのイソプロピルウノプロストンが、ウノプロストンのα鎖1位のカルボキシル基の水素原子がイソプロピル基に置換されたウノプロストンのイソプロピルエステルであり、構成要件(一)の「PGF2αのC1乃至C5アルキルエステル」のうち、「C1乃至C5アルキルエステル」の要件を充足することは、当事者間に争いがない。

2(一)  乙第一ないし第四号証、第一〇、第一一号証によると、プロスタグランジン(PG)は、五員環部分の修飾の違いによってAないしIに、側鎖の二重結合の数によって1ないし3群に分類され、両者の組み合わせによって分類、表記されること、PGF2αの「F」と「α」は、その五員環の9位及び11位の水素原子が水酸基に置換され、その水酸基がα結合していることを、「2」は、α鎖上の5ー6位の間とω鎖上の13ー14位の間に二重結合を有することを、それぞれ意味しており、PGF2αは、原判決別紙三記載の化学構造式で表される単一化合物を指すことが認められる。

(二)  控訴人は、PGの1ないし3群は、プロスタグランジンの前駆物質の種類に基づく命名法であると主張し、甲第一一号証、乙第九号証には、PG2は、アラキドン酸から誘導されるプロスタグランジンである旨の記載がある。しかし、右の各書証には、プロスタグランジンは、側鎖の二重結合の数によって細分化され、それは、下付き数字1、2、3で示される旨の記載がある反面、控訴人主張に係る広義のPGF2αの定義に言及した部分はないから、右の各書証は、控訴人主張に係る広義のPGF2αの定義を裏付けるに足りるものではなく、かえって、右(一)の認定を裏付けるものであるといえる。

また、控訴人は、被控訴人上野製薬はその出願に係る特許明細書(特公平五ー七一五六七号、乙第七号証)中において、「5ー6位の炭素が二重結合であるPG2類」(四欄)と記載している上、表1(6)及び表1(9)(二九ないし三一欄)中の5ー6位の間にのみ二重結合を有している化合物をPGF2αに分類しているから、二重結合を5ー6位の間に一個有しているにすぎないPGFα類の化合物をPGF2αに分類していると主張する。しかし、乙第七号証によると、右四欄の記載は、その直後に記載された化学構造式を総合すると、13ー14位の間に二重結合があることを前提とした記載であることが認められるし、乙第一〇号証及び弁論の全趣旨によると、表1(6)及び表1(9)(二九ないし三一欄)中の13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αメチルエステル等の化合物は、PGF2αとは異なる化合物であって、これらの化合物の名称中にPGF2αが含まれているからといって、そのことがPGF2αの定義を左右することはないものと認められるから、右の各記載は、控訴人の主張を裏付けるものではない。

さらに、控訴人は、単一化合物の名称が、同時にその構造的特徴を共有する化合物群を表わすことがしばしばあると主張し、これを裏付けるために甲第四ないし第九号証を提出するが、いずれもPGF2αと異なる化合物に関する証拠であり、控訴人の主張を裏付けるに足りるものではない。

その他、右(一)の認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)  したがって、構成要件(一)の「PGF2α」は、原判決別紙三記載の化学構造式を有する単一化合物を指すものと認めることが相当である。

なお、控訴人は、本件発明の優先権主張の基礎となったアメリカ合衆国出願は、プロスタグランジン類の緑内障又は高眼圧症に対する薬理効果発見についてのパイオニア発明であり、本件発明は、PGF類のエステル化についてのパイオニア発明であるとも主張するが、発明の価値がどのようなものであっても、右認定のとおり文言上明白な「PGF2α」の意義を別の意味に解することはできない。

3  以上によると、構成要件(一)の「PGF2α」が広義のPGF2αを指すことを前提とする控訴人の主張は採用することができず、争点1についての控訴人の主張は理由がない。

二  争点2(PGF2αイソプロピルエステルとの実質同一)について

1  PGF2αイソプロピルエステルとイソプロピルウノプロストンの化学構造を比較すると(別紙構造式Ⅱ及びⅠ参照)、両者は、イソプロピルエステルの部分は共通するが、

① ウノプロストンは、ω鎖の末尾にエチル基が付加されていて、基本骨格の炭素数が二二であるのに対し、PGF2αは基本骨格の炭素数が二〇である点、

② 炭素の13ー14位の間が、PGF2αは二重結合であるのに対し、ウノプロストンは単結合である点、

③ PGF2αの15位にはヒドロキシル基が置換しているのに対し、ウノプロストンの15位にはオキソ基が置換している点の三点において異なる。

2  甲第二号証(本件公報)によると、PGF2αのアルキルエステルは、その脂溶性により角膜上皮を簡単に通過するが、角膜内のエステラーゼの作用によりエステルが脱落させられて、親水性の遊離酸であるPGF2αへ変換され、これが眼圧降下の作用を生じるもの(本件公報二三欄一行ないし一六行など)と認められ、この過程は、甲第四二号証により裏付けられているものと認められる。そうすると、イソプロピルウノプロストンも、投与された場合には、エステラーゼによりエステルが脱落させられ、ウノプロストンの部分が眼圧降下の作用を生じる主体となるものと推認される。しかるところ、前記のとおり、PGF2αイソプロピルエステルとイソプロピルウノプロストンの化学構造上の右三点の差異は、この眼圧降下の作用を生じるPGF2αとウノプロストンの部分に存している。

3(一)  そこで、まず、右1②③の各点について検討する。

甲第二号証、第一〇号証、乙第四号証、第五八号証及び弁論の全趣旨によると、プロスタグランジンの15位のヒドロキシル基がオキソ基になった15ーケトープロスタグランジンや、更に13ー14位がジヒドロ化した13、14ージヒドロー15ーケトープロスタグランジンは、プロスタグランジンのそれぞれ一次代謝物、二次代謝物であるが、15ーケトープロスタグランジンや13、14ージヒドロー15ーケトープロスタグランジンは、もとのプロスタグランジンに比べて、薬理学的な生理活性が格段に低いこと、PGF2αの一次代謝物である15ーケトーPGF2αは、眼圧降下作用において、PGF2αの約一〇分の一の活性しか有しないこと、PGF2αの二次代謝物である13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αは、眼圧降下作用において、PGF2αの約一〇〇分の一の活性しか有しないことが認められる。

以上によると、15位にヒドロキシル基が置換しているかオキソ基が置換しているか、13ー14位の間が単結合であるか二重結合であるかは、眼圧降下の薬理作用に大きな影響を有するものと認められる。

(二)  次に、右1①(基本骨格の炭素数)の点について検討する。

乙第五八号証によると、プロスタグランジンの一種であるPGE1については、ω鎖の長さが変化することによりその生理活性に変化が生じることが認められ、乙第四一号証及び第五八号証によると、PGF2αのフェニル置換体について、ω鎖の炭素数の違いが眼圧降下作用、眼刺激作用に対して予測し難い影響を与えることが認められ、これらの認定事実によると、ω鎖の炭素数の変化が、生理活性作用に影響を及ぼす可能性があることが認められる。

控訴人は、プロスタグランジンは、長い炭素鎖を有するから、エチル基の有無による炭素数の差異により化学的物理的性質に本質的差異は生じないと主張し、その証拠として、甲第一六号証、第二〇号証、第二六号証、第二九号証を提出する。しかし、甲第一六号証は、疎水基の炭素鎖が長くなるにつれ疎水性が増加することが記載され、甲第二六号証は、一般的に同族体の化学的性質がよく似ていることが記載されているにすぎず、いずれもPGF2αのような化合物の生理活性に対する影響について述べたものではなく、甲第二九号証は、客観的裏付けのない意見にとどまるものである。また、甲第二〇号証は、ウサギに対する実験の結果であり、後記5(一)のとおり、この結果をもって本件発明が対象とする霊長類に対する影響を判断するのは適当ではない。したがって、控訴人提出の右各証拠は、いずれも右認定を覆すに足りるものではない。

控訴人は、フェニル基に至るω鎖の炭素数の相違から炭素鎖末端の炭素数の相違の影響を推測することはできない旨主張するが、PGF2αのフェニル置換体についてのω鎖の炭素数の違いから、PGF2αイソプロピルエステルとイソプロピルウノプロストンにおけるω鎖の炭素数の変化が生理活性作用に影響を及ぼす「可能性」を推認することはできるから、この点の控訴人の主張は採用することができない。

(三)  したがって、PGF2αイソプロピルエステルとイソプロピルウノプロストンの化学構造の違いは、その生理活性作用、殊に本件発明の作用効果である眼圧降下作用に大きな影響を及ぼすものと認められる。

4  次に、作用効果としての眼圧降下作用について検討する。

(一) 甲第二号証及び乙第五号証の三によると、本件発明は、PGE2、PGF2α、PGF2αのトロメタミン塩、15ーケトーPGF2αなど各種の構造的に類似した化学物質について眼圧降下作用を比較し、低濃度で効果が得られる物質として、PGF2αのC1乃至C5アルキルエステルを選択したものであって、本件公報には、PGF2αのC1乃至C5アルキルエステルは、PGF2αのトロメタミン塩の一〇倍以上、PGF2αの五〇倍以上の眼圧降下作用を有する旨の実験結果(第三表)が記載されていることが認められる。

また、甲第二号証、乙第五号証の一ないし三、第六八号証及び弁論の全趣旨によると、PGF2α又はPGF2αのトロメタミン塩の眼圧降下作用を記載した文献が存し、本件発明は、これらの文献を引用例として拒絶査定を受けたが、出願人は、拒絶査定不服審判において、PGF2αのC1乃至C5アルキルエステルがPGF2αやPGF2αのトロメタミン塩に比較して、右のとおり少ない投与量で高い眼圧降下作用を発揮し、そのため副作用も少ないことを主張し、その結果、特許査定を受けたことが認められる。

(二) そこで、ヒトに対して眼圧降下作用を生じるのに必要なPGF2αイソプロピルエステルとイソプロピルウノプロストンの投与量についてみると、PGF2αイソプロピルエステルについては、甲第二五号証によると、〇・五μgないし二・〇μg、乙第一七号証及び第三五号証によると、少なくとも〇・五μgであるのに対し、イソプロピルウノプロストンについては、甲第三号証によると、〇・一二%の溶液三五μlすなわち四二μgであることが認められ、これに、弁論の全趣旨(控訴人原審第一〇回準備書面二〇頁の記載等)により、PGF2αイソプロピルエステルの活性は、イソプロピルウノプロストンの三五ないし四〇倍程度は存すると認められることを合わせ考えると、イソプロピルウノプロストンは、PGF2αイソプロピルエステルの少なくとも二〇倍、実際にはこれをかなり上回る量を投与することが必要であると認められる。

5  次に、一過性の眼圧上昇等の副作用について検討する。

(一) 甲第二五号証、乙第一七号証、第四八、第四九号証によると、PGF2αイソプロピルエステルは、ヒトに対して一過性の眼圧上昇作用を有することが認められ、他方、イソプロピルウノプロストンは、乙第二〇、第二一号証によると、ヒトに対して一過性の眼圧上昇作用がなく、乙第二三、第二四号証によると、サルに対しても一過性の眼圧上昇作用がないことが認められる。本件発明は、霊長類を対象とするものであるから、右認定事実により、PGF2αイソプロピルエステルは一過性の眼圧上昇作用を有するが、イソプロピルウノプロストンは一過性の眼圧上昇作用がないものと認められる。

なお、甲第二七号証、第三一号証には、ウサギを用いた実験においてイソプロピルウノプロストンによる一過性の眼圧上昇が認められた旨の結果が示されており、他方、乙第三六号証、第四三、第四四号証、第六〇号証その他の書証には、ウサギを用いた実験においてイソプロピルウノプロストンによる一過性の眼圧上昇が認められなかった旨の結果が示されているが、甲第二号証及び弁論の全趣旨によると、本件公報(四欄二一行ないし五欄七行)に記載されているように、霊長類とウサギでは眼の構造が異なり、刺激に対する反応等が異なることが認められるから、ウサギに対する実験の結果により、右ヒト及びサルに対する試験結果を左右することはできない。

(二) 乙第二三号証、第四六、第四七号証及び弁論の全趣旨によると、緑内障治療剤という眼圧を下げることを目的とする薬剤にとって、眼圧上昇はたとえ一過性であっても好ましくなく、緑内障治療薬としては、そのような副作用の少ないことが求められることが認められ、これによると、一過性の眼圧上昇のないイソプロピルウノプロストンは、一過性の眼圧上昇が認められるPGF2αイソプロピルエステルに比べて、この点においては、緑内障治療薬として有利なものであると認められる。

6  以上のとおり、イソプロピルウノプロストンは、PGF2αイソプロピルエステルと化学構造を異にし、薬理作用、副作用も異にするから、両者は、到底実質的に同一であるということはできず、争点2についての控訴人の主張は理由がない。

三  争点3(13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αイソプロピルエステルの利用)について

1  控訴人主張の13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αイソプロピルエステルがPGF2αイソプロピルエステルの均等物であるといえるかどうかについて判断する。

(一) イソプロピルウノプロストンとPGF2αイソプロピルエステルとの薬理作用、副作用の異同は、前記二3ないし5認定のとおりであるところ、イソプロピルウノプロストンの眼圧降下作用が低いこと自体から置換可能性がないとはいえないとしても、イソプロピルウノプロストンは、一過性の眼圧上昇等の副作用がない点において、PGF2αイソプロピルエステルとは明らかに異なるものである。そして、控訴人がω鎖のエチル基の作用はアルキルエステル化による作用に比べれば微々たるものにすぎない旨主張していることを参酌すると、13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αイソプロピルエステルも、イソプロピルウノプロストンと同様に、一過性の眼圧上昇等の副作用がないものと推認することができる。そうすると、13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αイソプロピルエステルとPGF2αイソプロピルエステルとを置換可能なものであると認めることはできない。

(二) さらに、乙第五八号証及び弁論の全趣旨によると、一般に、化合物が体内に投与されたときに示す作用や副作用の程度をその構造式から予測することは極めて困難であり、このことは、プロスタグランジン化合物についても同様であることが認められる。

しかも、甲第一〇号証によると、「研究眼科学及び視覚科学」のサプルメント(一九八七年(昭和六二年)三月号には、ジェイ・チェンらによる「プロスタグランジンE2及びF2α代謝物の眼内圧に対する作用の相違」と題する予稿が掲載され、その内容は、

① PGF2αの一次代謝物である15ーケトーPGF2αは、〇・一%及び一%用量で用量依存的に著しい眼内圧低下が認められた。同程度の応答がPGF2αの〇・〇一%及び〇・一%用量でも達成されたことから、PGF2αと15ーケトーPGF2αとの間には約一〇倍の活性上の差があるということになる。

② PGF2αの二次代謝物である13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αは、その一%用量がPGF2αの〇・〇一%用量で達成されるのと同程度の眼内圧降下をもたらすことから、PGF2αよりも約一〇〇倍低い活性を有しているようである(①、②の点は、前記二3(一)で既に一部認定している。)。

③ 副作用である眼圧上昇は、PGF2α及び二つの代謝物(一%用量の場合のみ)でも認められたが、PGF2α及び13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αは、15ーケトーPGF2αよりも大なる応答を示した。

というものであったことが認められる。

そうすると、本件公報にはPGF2αはアルキルエステル化することにより五〇倍もの眼圧降下作用を奏する旨の記載があるとしても、右認定の13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αの眼圧上昇作用等の知見に接した当業者は、被控訴人上野製薬が被控訴人製品についてした特許出願の最先の優先権主張日である昭和六二年九月一八日時点において、PGF2αのアルキルエステル化による眼圧降下作用についての効果の理がそのまま13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αのアルキルエステル化の場合にも当てはまるものではないと考えるか、又は、右のように眼圧降下作用がPGF2αの約一〇〇分の一であるが眼圧上昇の副作用はPGF2αと同等に存在する13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αをアルキルエステル化することによってPGF2αの場合と同比率での眼圧降下作用の上昇があるとしても、その眼圧降下作用に比べると大きい眼圧上昇の副作用が残存し、臨床使用可能なものとはならないおそれがあると考えるものと認められる(念のため、被控訴人上野製薬が被控訴人製品の製造を開始したとされる平成六年初頭時点における置換容易性について検討しても、右昭和六二年九月から平成六年までの間に当業者の右認識に影響を与える新たな知見が発表された等の事実は認められないから、当業者は、平成六年初頭においても、右置換の結果について同様に考えたものと認められる。)。

したがって、13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αがPGF2αの二次代謝物であること等を考慮しても、当業者であれば、構成要件(一)のPGF2αイソプロピルエステルを13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αイソプロピルエステルのように置き換えることを容易に想到することができたものと認めることはできない。

これに反する控訴人の主張は、化合物(特に医薬用化合物)の分野における化学構造と効果との関係の予測困難性や、昭和六二年九月当時等におけるプロスタグランジンについての研究水準を無視したものであり、採用することができない。

(三) したがって、13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αイソプロピルエステルがPGF2αイソプロピルエステルの均等物であるとは認められない。

2  また、右二3(二)認定のとおり、ω鎖の炭素数の違いは、眼圧降下作用、眼刺激作用等の生理活性に影響を及ぼす可能性があるから、イソプロピルウノプロストンは、13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αイソプロピルエステルをそのまま利用して、それに脂溶性を若干高める作用を付加したのみのものであると認めることはできない。

したがって、両者の間に利用関係が成立するということもできない。

3  よって、争点3についての控訴人の主張は理由がない。

四  争点4(PGF2αイソプロピルエステルとの均等)について

1  イソプロピルウノプロストンとPGF2αイソプロピルエステルとの薬理作用、副作用の異同は、前記二3ないし5認定のとおりであるところ、イソプロピルウノプロストンの眼圧降下作用が低いこと自体から置換可能性がないとはいえないとしても、イソプロピルウノプロストンは、一過性の眼圧上昇等の副作用がない点において、PGF2αイソプロピルエステルとは明らかに異なるものであるから、両者を置換可能なものであると認めることはできない。

2  さらに、置換容易性の点から検討すると、前記二1に説示したとおり、イソプロピルウノプロストンとPGF2αイソプロピルエステルとは、13、14ージヒドロー15ーケトーPGF2αイソプロピルエステルとPGF2αイソプロピルエステルとの二つの差異点に加え、基本骨格の炭素数が異なるとの差異点を有するものであるから、前記三1(二)に説示したものと同じ理由により、PGF2αイソプロピルエステルをイソプロピルウノプロストンのように置換することが容易であると認めることはできない。

3  よって、争点4についての控訴人の主張は理由がない。

五  結論

よって、控訴人の請求はいずれも理由がなく、原判決は正当であるから、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

<以下省略>

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